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ループはDMじゃない!

ループデッキが環境に台頭してきたときに、必ずこういう人がいる気がする。
「ループデッキはDMじゃない!」
今回は、この言葉について自分なりの考えを述べていきたい。

1公式の見解を探る


DMか、DMでないかを決めるのはまず第一に公式だ。
そこで、公式のループデッキに対するスタンスはどうなっているのかを再確認しておきたい。


クリエイターズ・レターvol9において、公式側の殿堂カードに関する見解が示されている(以下、一部抜粋)。

「デュエルマスターズ」は、幅広い層の方々が楽しく激しく健全に遊んでいただくためのゲームです。ですので、それを阻害するようなデッキが誕生し、長くプレイされ続けた場合には何かしら手をうつ必要が出てきます。判断基準になるのは、強さや、安定度、使用率等です。


これまで多くのループデッキを殺してきた公式だが、驚くべきことに一言もループを殺しますとは明言していない。
(以前の記事でループを明文否定と書いた箇所があったかもしれないが、どうやら私の記憶違いであったようだ。)

ここで注目したいのは、判断基準の強さ・安定度・使用率等という点である。
(個人的には、ループデッキの場合、これらに加えてループに入る速度や前提条件達成の容易さ等も含まれるような気がするが、強さや安定度に包括されるような気もする。)

これまで死んできたループデッキは、これらいずれの点においても高水準を保ってきていた。したがって、殿堂入りという形でパーツを規制するしかなかったのである。
しかし、このようなパーツの一部規制というあり方は、なにもループデッキに限った話ではなく、多くのコンボデッキや環境デッキにおいてもなされてきたことである。
つまり、公式はループデッキを目の敵にしているわけではなく、それらもほかのデッキタイプと同様に環境レベルならば殺すというスタンス(建前?)を見せているのである。

この方針は、紅蓮ゾルゲのプレミアムコンビ殿堂が解除されたことからもうかがえる。
現在の環境は、彼らが猛威を振るった環境から随分と高速化が進み、このような環境下では、紅蓮ゾルゲはもはや公式の考える強い、安定度の高いデッキではなくなってしまったというのが解除された理由だろう。
実際、かつては脅威だった無限ループも、現環境に対してはまったくと言っていいほど影響を与えられていない。
しかしながら、もし仮に、公式がループはDMではない!と考えているのであれば、いくら環境レベルでなくなったとしても殿堂解除という判断はなされないのではないだろうか。

以上のように、公式はループもDMの一部として受け入れたうえで、環境が健全に機能しなくなるレベルのループデッキが出てきたときには、他のデッキ同様規制をかけるという措置をとっているに過ぎないと考えられる。


2 ループはDMではないの真意



では、ループはDMではないといっている人たちは何を考えてこのように言っているのだろうか?


・まず、以下のような主張が考えられないだろうか?

DMは、相手のシールドを5枚割り切り、相手プレイヤーに直接攻撃を決めることによって勝利するゲームである。
加えて、割られたシールドから発動するシールドトリガーが大きな逆転の可能性を秘めており、それが発動するかどうか、発動したとしてどう対処していくかがゲームの面白さの重要な一要素となっている。
にもかかわらず、ループデッキは盾を攻撃することはない。
したがって、DMの面白さの重要な一要素を欠くこのデッキタイプをDMと呼ぶことはできない。

シールドを巡る攻防がDMの面白さの一つであるという点は、異論のないところである。
しかし、それを欠くからと言ってDMではないと言い切ってしまっていいのだろうか?


・エクストラウィンの存在
DMには、盾を殴ることなく勝つことができるカードが存在している。
そして、その中には、偽りの名 iFormula Xのように環境入りを果たしたカードも存在している。
上記の理論では、このようなカードを主軸にしたデッキもDMではないということになってしまうが、公式が刷ったカードをDMでないと言う意味が分からない。


・デッキ破壊戦術を容認するようなカードの存在
かつて、DMには相手の山札を見てカードを墓地へ送る効果を持ったカードが存在していた。
コストを支払いさえすれば無料で相手のデッキ診断ができるうえにカードまで捨てさせるという、破格の性能を持ったこれらのカードはプレミアム殿堂入りカードとして獄中生活を余儀なくされているが、現環境においてもヴォルグ・サンダーというカードがデッキ破壊戦術の要として機能していることはご存知の通りだろう。


・トリガーを使わせないカードの存在
それ以外にも、DMにはトリガーを使わせないカードというものが存在している。
呪紋の化身や無双恐皇ガラムタ、石像男。最近では、単騎連射マグナムや音精ラフルルといったカードもトリガーを封じ込めるカードとして多数のデッキに採用されている。
シールドトリガーを巡る攻防という面白さを生じさせない点では、これらのカードもループと変わらないと言えないだろうか?


以上のように、DMはそもそも、盾を攻撃して相手を倒すという正規ルート以外の勝ち方の存在を認めているし、トリガーを発動させない効果を持つカードの存在も肯定している。
そうすると、先ほどの主張を持ってループはDMでないと主張することはできないように思える。
しかも、サンナップ軸の緑単ループは殴るプランもループと同じくらい重要性が高い。
ループでありながら、殴ることもできるこのデッキの存在を、上記主張では説明しきることができない。


・では、次のような主張が考えられないか?

ループデッキは、結局のところ、どこまで行ってもソリティアデッキに過ぎない。
こちらがいかにして対戦相手を倒そうかと考えているのに、ループデッキ使いはこちらのことなど眼中にもなく、いかにしてループを成功させるかということしか見ていない。
DMというゲームの性質上、常在効果を持つクリーチャーを先に展開でもしておかない限り、一度始まってしまったループを止める手段はこちら側にはない。
我々にできるのは、ループの証明が終わるのを待ち、「以上の手順が繰り返されるので、あなたの負けです」という宣言を受けることだけだ。

たしかに、現状のカードプールには、一度始まってしまったループを途中で止める手段は存在しない。

しかし、だからといってループデッキ使いが対戦相手の存在を無視しているとは考えられない。
なぜなら、ループデッキもある種のコンボデッキであり、ある前提条件を整えたうえでしか成立しないものであるため、前提条件がそろう前の段階では、他のデッキ同様、相手プレイヤーの妨害を受けるからである。
また、前提条件を整える必要がある以上、他のデッキにおいて「されたらいやなプレイ」が存在するように、ループデッキにおいても「されたらいやなプレイ」というものは存在するはずである。


「ループデッキはDMじゃない!」と主張する人たちは、ループデッキ憎しという思いが先行してこの点を度外視してはいないだろうか。
ループデッキというデッキタイプ自体に対する嫌悪感や苦手意識から、実際にデッキを回すことなく否定してはいないだろうか。

まったく仕掛けが分からないデッキに相対すれば、怖いのは当たり前である。
ループデッキの場合にはその傾向は顕著で、何かよく分からないうちに負けていたということもあり得るだろう。

私たちは、自分にとってよく分からないものを過大に評価したり、過剰に恐れたりしがちである。
しかし、幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉も存在するように、ループデッキもその仕組みを理解してしまえば、案外怖いデッキではないと思えるようになるかもしれない。


3 まとめ


私がこの記事で言いたかったのは、「ループはDMじゃない!」という批判をする前に、ループデッキを実際に手に取りまわしてみたらどうだろうか?ということである。

実際に手に取り、理解を深めることで、そのデッキの「されたらいやなプレイ」やそのデッキにさせてはいけないことに気付き、そこから打開策を考え付くかもしれない。
そして、実際にそのデッキを使ってみることで、ループデッキ使いは思ったより対戦相手のことを考えているということにも気付くことができるかもしれない。
そうすれば、ループデッキに対する苦手意識は残ったとしても、ループをDMの一部として受け入れられるようになるのではないだろうか。


4 蛇足―緑単ループについて


以上の見解に従って、私が実際に緑単ループを回してみた感想を述べるとすれば、「死ね」とかいわれても仕方ないわ、このデッキである。

「されたらいやなこと」は確かに想定できるものの、それをされたからと言って勝利が絶望的になるわけでもないし、そもそも相手がこちらの「されたらいやなこと」をしてくる前に勝負をつけたり、相手の「されたらいやなこと」を先制して行えてしまうのが強い。
ループとビートという二本の太い勝ち筋を器用に使い分けて、どんなデッキに対しても圧倒的な不利対面がないというのも強さの一つだろう。
強さ・安定度・使用率、いずれの点から見ても、このデッキタイプが次期規制の対象として公式の視野に入っていることは間違いない。


ただ、だからと言って、このデッキを選択して勝利したプレイヤーに対して、「こんなつまらないデッキで勝って楽しいの?」とか、「俺は、猿回しが見たいんじゃねぇ。DMさせろ!」とかいう批判をするのは、どこか間違っているような気がしてならない


たしかに、大会に参加するプレイヤーのすべてが勝利を第一の目標として掲げているとは限らない。
しかし、順位がつく以上、勝利を第一の目標として掲げているプレイヤーが多いのは事実であり、そうしたプレイヤーが勝つために緑単ループを選択し、練習するのは、上述した緑単ループの強さから考えても合理的な選択のように思える。
にもかかわらず、このような批判をすることは、そのプレイヤーに対して、「俺がつまらないから、たとえお前が最強だと思っていたとしてもそのデッキは使うな、俺が許容するデッキタイプを使え」と主張しているに等しいのではないだろうか。

プレイヤーにできるのは、与えられた環境の中で最強だと思えるデッキを選択することだけだ。
仮に勝利したデッキタイプが気に入らないというのであれば、そのデッキに勝てるデッキをくみ上げて最強の座から引き摺り下ろすしかない。
とすれば、批判が向けられるべきは、そのようなデッキをくみ上げられなかった自分自身か、百歩譲っても、そのような環境整備をしてしまった元凶に対してではないだろうか。


通常環境に嫌気がさしたのなら、大会に参加せず、身内でこじんまり回すという選択肢もある。
大会には参加したいが、どうしても大会で見たくないというなら、そのデッキタイプの使用を禁止した大会を自分で開けばよい。
大会に参加してストレスがたまったというのなら、多くのプレイヤーが提案する様々な特殊レギュレーションに挑戦してみてもよい。

少なくとも、勝利のために努力してきたプレイヤーに対して、暴言を浴びせるという選択はもっとも避けるべきように思える。
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